The really happy person is one who can enjoy the scenery on a detour.
2006'05.01.Mon

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アイルランドっていう国の名前は知ってても、よくよく考えてみると…何も知らん。ってことないかねぇ??私もイギリスに来てなかったら行ってなかったかもしれないし、アイルランドのことも全然知らなかったと思うもん。
昔ね、中学校の英語の教科書でダブリンが舞台のお話を読んだような気がするんよ。その頃はまさか自分が訪れる日が来るとは思わんかったけど、ダブリンでふとそのことを思い出した。で、その教科書のお話に出てきた単語で今も覚えてるのはdull(さえない・鈍い・どんよりした)とかmiserable(みじめな・陰気な)なんて気分まで暗〜く
なるものだけなんだけど(笑)ダブリンは整然とした町で、歩道もよく整備されてたし、ほんとキレイだったなぁ。路面電車も走ってて、古い建物がうまく町に調和しててさ。あとはー…エリアごとにそれぞれの特色があるのもおもろかったし、何と言ってもダブリン初心者でも充分歩きやすかった。でね、うちらがアイルランドにいた頃、ちょうどイースターの時期と重なったんよ。アイルランドではイースターがキリスト教徒の復活祭であるのはもちろん、歴史的にも大事な大事な日。それに、今年はあの出来事からちょうど90年。
昔…って言ってもそんなに前じゃないけど、イギリスがまだまだ国際的にパワフルだった頃、イギリスはアイルランドを支配しようとしてたんよ。ウェールズやスコットランドのように、イギリスに吸収してやろうって感じだったんやね。で、イギリス人をアイルランドに送り込んで住まわせて、政治的にもアイルランド議会の力を弱めて、無理矢理自分らのものにしようとしたんだけど…もちろんアイルランドの人たちにしてみたらいい迷惑じゃんけ。で、血みどろの武力衝突へ…。
そして1916年4月24日のイースター(復活祭)の月曜日、数百年続いてたイギリスの支配からの政治的独立を目指して、アイルランド民族主義者たちは立ち上がったんよ。この蜂起は「イースター蜂起」なんて今も語り継がれてるんだけど、その日、ダブリンで決起した約2000人の蜂起軍は、25日朝にはダブリンの大部分を制圧して、指導者たちはアイルランドの独立を宣言したんだとか。が、イギリス軍の反撃を受けて、わずか一週間足らずでこの臨時政府は壊滅。けどね、その後、蜂起参加者たちへの処刑がアイルランド人の愛国心を呼び起こして、世論はアイルランドの独立へ向けて動き出すこととなった。なんて言われてるんよ。
今は北アイルランド(イギリス)とアイルランドに分かれちゃってるけれど、その日の新聞にはあれから90年、「歴史を風化させない」「あの日があったから今がある」なんて見出しが並んで、90年たった今も人々の胸にはあの日への思いがあるんやねぇ。

ちなみに、このGeneral post officeが蜂起軍の基地。今は周りがキレイに整備されてて、写真で見た戦いの跡の面影もないけれど、イースターの日のパレードでは建物の前を通るとき兵隊さんが軍旗を高く掲げて、今もあの出来事の象徴になってるみたい。
パブ三昧の今回の旅でも、またその国のバックグラウンドを考えさせられちゃう、ちょっとは…ほんのちょびぃぃ〜っとはマジメな私。もちょっと本読もうかな。
2006'04.23.Sun

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アイルランドの飲み物でもうひとつの名物、アイリッシュコーヒーももちろんトライ。ダブリンの街をぶらぶら歩いてて、ちょっと一休み。なんてパブに入ったんだけど、そのとき時刻はまだ午前11時過ぎ。さすがにこの時間からビールは…なんてアイリッシュコーヒーを頼んだんだけど、えぇ、おバカな私たち。アイリッシュコーヒーっちゅーのはね、コーヒーって言ってもウィスキー入りなんよ。コーヒーって言ってもカクテルなんよ。…って。知ってて飲んだんだけど。
二ヒヒ♪…やっぱりパブでのソフトドリンクには物足りなさを感じてしまう、
日本なら間違いなく白い目で見られるような、そんなうちら。パブに行ったら飲まなきゃソンソン。なのよねぇ。
けどさ、アイリッシュコーヒーって美味いねぇ。でもって飲み終わる頃には、コーヒーだけでも充分なのにウィスキーで更に体はぽっかぽか。こりゃー寒い日には持ってこいやねー。
以下はTemple Barのコースター裏にあった、アイリッシュコーヒーのレシピ。
1ショットのウィスキーにブラックコーヒー。
角砂糖をひとつ入れて、その上に生クリームをホイップ。お試しあれ〜♪
2006'04.21.Fri
ただいまー!みなさんご無沙汰ですー。今回の旅、のんびり…と言うよりはかな〜りダラダラ過ごして来ますたー。
相方は「やべぇ、アイルランドの女の子ってかわいい…」なんて、大いに目の保養になったようで。まぁ確かに言われるとそうなんだけど(笑) でもって、イギリスに帰って来た途端「やっぱイギリス人の女はデブばっかだな」 …。

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さてさて今回の旅の始まりは首都Dublin(ダブリン)から。カーディフから1時間のフライトを経て、あっちゅー間に到着。イギリスとは通貨が違うぐらいで、ほんと違和感なく普段通り。これまでのふたり旅はフランス、スペイン、イタリア、ドイツ…なんて、言葉が通じない国ばっかりだったから、初の英語圏への旅に「これは…」なんて戸惑うぐらい楽勝モード。なんたって、注文したいものが注文出来る!行きたい場所に迷わず行ける!いや〜感動。
でね、アイルランドと言えばアイリッシュパブやらギネスでしょ。なーんてうちらにピッタリな(笑) 事前の目論見どおりビール三昧の日々を過ごして来たぞい。…おう??えぇ、体重は大幅増量ですとも。でね、ダブリンの名物と言えば…ギネス工場。前々から、ハウスメイトには「ギネス工場には絶対行きなね!」なんて言われてて、かなーり楽しみにしてたんよ
。なんでも見学の後には、工場で出来たばっかりのギネスが試飲出来るとか。しかもしかも!バーは展望室になってて、ギネスを飲みながらダブリンの町並みが見下ろせるとな。これは行かないとー!押さえとかないとー!っちゅーことで張り切って行ってきたぞい。
小学校時代以来の工場見学にソワソワしつつも、私…大いに楽しんだ。
正直ね、結構こーゆーのって苦手なんよ。博物館とか。あんま時間をかけずにパッと観ちゃうのよねぇ。けどけど、今回は愛するビールの工場。しかも世界のギネス。見学頑張っちゃったもんね!
が、相方は2度もサッポロビール園に行った経歴を持つだけあって(?)材料やら生産工程やらは素早くスルー。「ギネス社だけでアイルランドでとれる大麦の3分の2を買うんだってよ!?」やら「ホップは15メートルも育つんだってー!」なんて熱心過ぎ(?)の私にやや引き気味(苦笑) ヤツが楽しそうに見えたのはギネスの宣伝、歴代のボトル、コースター…のみ。
あとは…そうそう、ギネスって工場でわざわざパブと同じようにパイントグラスに注いで、定規で泡の量まで測ってんの!これにはビックリよー。エライねぇ。頑張ってるねぇ。そして、ギネスブックの起源に興奮気味の私にも、相方は「ふーん」なんて白けたリアクションのみ。「どっちの鳥が早く飛んだかっちゅー話をしてた人がね、『こっちだ!』『いーや、こっちだ!』ってなったんだって。で、他にもこんな話をしてる人が絶対居るわーってなって、作ったんだとー。」「そう。」 …アァ。
が、そんないささかクールな相方にも変化が…!ヤツね、ちょっとした高所恐怖症なんよ。工場内は最上階のバーに向けてどんどん階段を登って行くようになってるんよ。で、上階に行くにつれ…「揺れてない?」「コレ、絶対揺れてる!」バーに行ってウキウキでギネスをオーダーする私に、しがみつくようにして恐怖をこらえてる相方。見よ、この険しい顔を。ブハハっ!いい子に見学してなかったからやね。そして私は…と言うと、弱気なヤツを気にもせず、出来立てギネスとダブリンの景色を大いに堪能。あーごくらくじゃー。
相方は「やべぇ、アイルランドの女の子ってかわいい…」なんて、大いに目の保養になったようで。まぁ確かに言われるとそうなんだけど(笑) でもって、イギリスに帰って来た途端「やっぱイギリス人の女はデブばっかだな」 …。

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さてさて今回の旅の始まりは首都Dublin(ダブリン)から。カーディフから1時間のフライトを経て、あっちゅー間に到着。イギリスとは通貨が違うぐらいで、ほんと違和感なく普段通り。これまでのふたり旅はフランス、スペイン、イタリア、ドイツ…なんて、言葉が通じない国ばっかりだったから、初の英語圏への旅に「これは…」なんて戸惑うぐらい楽勝モード。なんたって、注文したいものが注文出来る!行きたい場所に迷わず行ける!いや〜感動。でね、アイルランドと言えばアイリッシュパブやらギネスでしょ。なーんてうちらにピッタリな(笑) 事前の目論見どおりビール三昧の日々を過ごして来たぞい。…おう??えぇ、体重は大幅増量ですとも。でね、ダブリンの名物と言えば…ギネス工場。前々から、ハウスメイトには「ギネス工場には絶対行きなね!」なんて言われてて、かなーり楽しみにしてたんよ
。なんでも見学の後には、工場で出来たばっかりのギネスが試飲出来るとか。しかもしかも!バーは展望室になってて、ギネスを飲みながらダブリンの町並みが見下ろせるとな。これは行かないとー!押さえとかないとー!っちゅーことで張り切って行ってきたぞい。小学校時代以来の工場見学にソワソワしつつも、私…大いに楽しんだ。
正直ね、結構こーゆーのって苦手なんよ。博物館とか。あんま時間をかけずにパッと観ちゃうのよねぇ。けどけど、今回は愛するビールの工場。しかも世界のギネス。見学頑張っちゃったもんね!
が、相方は2度もサッポロビール園に行った経歴を持つだけあって(?)材料やら生産工程やらは素早くスルー。「ギネス社だけでアイルランドでとれる大麦の3分の2を買うんだってよ!?」やら「ホップは15メートルも育つんだってー!」なんて熱心過ぎ(?)の私にやや引き気味(苦笑) ヤツが楽しそうに見えたのはギネスの宣伝、歴代のボトル、コースター…のみ。あとは…そうそう、ギネスって工場でわざわざパブと同じようにパイントグラスに注いで、定規で泡の量まで測ってんの!これにはビックリよー。エライねぇ。頑張ってるねぇ。そして、ギネスブックの起源に興奮気味の私にも、相方は「ふーん」なんて白けたリアクションのみ。「どっちの鳥が早く飛んだかっちゅー話をしてた人がね、『こっちだ!』『いーや、こっちだ!』ってなったんだって。で、他にもこんな話をしてる人が絶対居るわーってなって、作ったんだとー。」「そう。」 …アァ。
が、そんないささかクールな相方にも変化が…!ヤツね、ちょっとした高所恐怖症なんよ。工場内は最上階のバーに向けてどんどん階段を登って行くようになってるんよ。で、上階に行くにつれ…「揺れてない?」「コレ、絶対揺れてる!」バーに行ってウキウキでギネスをオーダーする私に、しがみつくようにして恐怖をこらえてる相方。見よ、この険しい顔を。ブハハっ!いい子に見学してなかったからやね。そして私は…と言うと、弱気なヤツを気にもせず、出来立てギネスとダブリンの景色を大いに堪能。あーごくらくじゃー。 2006'03.07.Tue
今日はストライキの日。大学はやっぱり静かだったぁ…気がする。(笑)いい天気が続いてた中で久々の雨の日ってこともあったのかなぁ、キャンパスで見かける学生はいつもより少なかったような…。ハウスメイトたちはレクチャーがキャンセルされて、おうちでのんび〜りしとるよ。私はと言えば…いつも通り。あぁ…。
さてさて、今日は2003年の旅、最終章〜♪
ここまでお付き合いいただいた方、どうもありがとうございます〜(>_<)

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スペインからイギリスに帰るため、フェリーに乗った私たち。船には両替所、土産物屋さん、レストラン、バー、映画館、カジノなどがあって最初こそ至れり尽くせりに見えものの、実際はどれも貧乏バックパッカーが近寄れないほど値段が高かった…(涙)
それでも溜まった洗濯物を洗ったり、爆睡したり、ヒマになるとデッキに出てぼけぇ〜っと海を眺めたり、それにも飽き足らずRの顔にメイクして遊んだり、なかなか有意義に(?)過ごしとった。
そして32時間後ようやくイギリスに着いた頃、時刻はすでに午後9時。辺りはもう真っ暗。港からはバスに乗り、ひとまず駅へ向かう。そして乗り換えの為列車でサウサンプトンへ。順調な帰り道にホッとするのも束の間、到着するとさっそく時刻表をチェック。
…およ??うちらが乗るはずの列車がもうないんよ。10時ぐらいまではあると思ってたんだけどなぁ〜、くそぅ…イギリスめー。
でね、このとき私は月1の偏頭痛に襲われていたんよ。後頭部が割れるようにガンガン痛んで、出来るだけ早く横になりたかったし、ましてやこの体調での野宿は真っ平ゴメン。で、仕方なく宿探しを始めるものの、どこへ行っても満室。ここが最後だ!と入ったホテルでも断られると、「ここで寝よう」なんてRがロビーのソファに深々と腰をかけた。「えぇぇー、こんなレセプションの前じゃ気まずいよー」なんて私に、「言われたら出てけばいいじゃん」となかなか強気な、しかも図太いことをサクっと言う。外よりも安全だし快適そうだけど、絶対ホテルの人に怒られるし…と煮え切らない私を見て、ヤツは一言。 「あのねぇ。人間、時には図太くいかなきゃダメなんだよ」
しかし、私の中のプライドや「怒られんのヤダ」なんて考えが、外での野宿を決断させた。自分の図太さを棚に上げてブツブツ文句を言うRと頭痛でフラフラの私は、えてして駅の改札口で夜を明かすことになったのでした。 ついこの間まで猛暑に襲われていたとは言え、9月のイギリスはやっぱり寒い。目を閉じて眠ろうにも風は容赦なく吹きつけて、地面からもひんやりとした冷たさが浸透し体中に広がる。いくら体をくっつけても、これじゃー眠れそうにない。
しばらく目を閉じていると、少し離れた所で駅員が何やら喋っている声が聞こえてきた。「うちら『どけ』って言われるのかなぁ」なんて不安になる私と、全くもって動じないR。 すると案の定彼らが話し掛けてきた。 「英語わかんないフリね!」と私はとっさに隣のRに言ったものの、Rはこの時のことを振り返るといつもこう言って笑う。「いやいや、わかんないフリも何も、もともとわかんないから。」
彼らに「どうしたんだ?」と聞かれても、めんどくさいからわかんないフリ。「近くにホテルがあるよ」なんて言われても、わざときょとんとして見せる。もし彼らがここをどくように言っても、何を言われてんだかわからんっちゅーフリが出来るように。絶対どかないんだから…!なんて、ここに来てRの図太さに影響された私に駅員も困った顔をしとる。 すると、勝利を確信した私たちに駅員は意外なことを言った。 「ここじゃ寒いだろうから、ちょっとついて来なさい」 えっ!?あたたかいところに連れて行ってくれるの?なんて嬉しくなって、私は思わず即答。「オーケー!!」 …。今までの英語がわからないフリ作戦が…(笑)
駅員が連れて行ってくれたのは待合室。暖房はついていなかったけど、ベンチがあるから横にもなれるし、風が防げるだけ改札口より幾分マシ。親切な駅員にお礼を言って再び横になる…ものの、ベンチはひんやりしてて歯はガチガチ鳴り体もブルブル震えるし、なかなか眠れん。するとそんな私を見ていたR、着ていたロンTを貸してくれた。…おぉーっ!あんね、念の為言うけど「これじゃあRが寒いよ」って、私はちゃんと(笑)遠慮したんよ?…と言いつつ、しっかりお借りしたけど。
が、やっぱり「Rが寒いはずだ」と、私はバックパックの中身で何か防寒出来る物がなかったか考え始めた
。…あっっっ!タオル〜♪タオルがあったじゃ〜ん♪ ひとまず「無いよりはマシだよね」とヤツをその気にさせて、体にバスタオル、首にはマフラー代わりにハンドタオルを巻いてあげる。
…。私としてはね、少しでも暖かくしてあげたいっちゅー優しさだったんよ!?けど…なんかおかしい。 タオルも“○○レンジャー”のような原色のものだし、巻き方にも問題があったかも…。「マントマン、マントマン!」なんてゲラゲラ笑う私と裏腹に、それでもRの顔は寒さで凍る一方だった。その後、私は朝まで熟睡。自分の真の図太さを確認した出来事だった。Rは…と言うと、やはり寒くて眠れなかったらしい。ヤツは実はデリケートだということも知る。
結局、翌朝の列車で無事ホストファミリーの待つチェルトナムへ辿り着けたものの、次回から旅の装備に寝袋が加わったのは言うまでもない。そしてマントマンの登場と共に、その夏の私たちの旅は終わりを告げたのだった。
さてさて、今日は2003年の旅、最終章〜♪
ここまでお付き合いいただいた方、どうもありがとうございます〜(>_<)

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スペインからイギリスに帰るため、フェリーに乗った私たち。船には両替所、土産物屋さん、レストラン、バー、映画館、カジノなどがあって最初こそ至れり尽くせりに見えものの、実際はどれも貧乏バックパッカーが近寄れないほど値段が高かった…(涙)
それでも溜まった洗濯物を洗ったり、爆睡したり、ヒマになるとデッキに出てぼけぇ〜っと海を眺めたり、それにも飽き足らずRの顔にメイクして遊んだり、なかなか有意義に(?)過ごしとった。
そして32時間後ようやくイギリスに着いた頃、時刻はすでに午後9時。辺りはもう真っ暗。港からはバスに乗り、ひとまず駅へ向かう。そして乗り換えの為列車でサウサンプトンへ。順調な帰り道にホッとするのも束の間、到着するとさっそく時刻表をチェック。…およ??うちらが乗るはずの列車がもうないんよ。10時ぐらいまではあると思ってたんだけどなぁ〜、くそぅ…イギリスめー。
でね、このとき私は月1の偏頭痛に襲われていたんよ。後頭部が割れるようにガンガン痛んで、出来るだけ早く横になりたかったし、ましてやこの体調での野宿は真っ平ゴメン。で、仕方なく宿探しを始めるものの、どこへ行っても満室。ここが最後だ!と入ったホテルでも断られると、「ここで寝よう」なんてRがロビーのソファに深々と腰をかけた。「えぇぇー、こんなレセプションの前じゃ気まずいよー」なんて私に、「言われたら出てけばいいじゃん」となかなか強気な、しかも図太いことをサクっと言う。外よりも安全だし快適そうだけど、絶対ホテルの人に怒られるし…と煮え切らない私を見て、ヤツは一言。 「あのねぇ。人間、時には図太くいかなきゃダメなんだよ」
しかし、私の中のプライドや「怒られんのヤダ」なんて考えが、外での野宿を決断させた。自分の図太さを棚に上げてブツブツ文句を言うRと頭痛でフラフラの私は、えてして駅の改札口で夜を明かすことになったのでした。 ついこの間まで猛暑に襲われていたとは言え、9月のイギリスはやっぱり寒い。目を閉じて眠ろうにも風は容赦なく吹きつけて、地面からもひんやりとした冷たさが浸透し体中に広がる。いくら体をくっつけても、これじゃー眠れそうにない。
しばらく目を閉じていると、少し離れた所で駅員が何やら喋っている声が聞こえてきた。「うちら『どけ』って言われるのかなぁ」なんて不安になる私と、全くもって動じないR。 すると案の定彼らが話し掛けてきた。 「英語わかんないフリね!」と私はとっさに隣のRに言ったものの、Rはこの時のことを振り返るといつもこう言って笑う。「いやいや、わかんないフリも何も、もともとわかんないから。」
彼らに「どうしたんだ?」と聞かれても、めんどくさいからわかんないフリ。「近くにホテルがあるよ」なんて言われても、わざときょとんとして見せる。もし彼らがここをどくように言っても、何を言われてんだかわからんっちゅーフリが出来るように。絶対どかないんだから…!なんて、ここに来てRの図太さに影響された私に駅員も困った顔をしとる。 すると、勝利を確信した私たちに駅員は意外なことを言った。 「ここじゃ寒いだろうから、ちょっとついて来なさい」 えっ!?あたたかいところに連れて行ってくれるの?なんて嬉しくなって、私は思わず即答。「オーケー!!」 …。今までの英語がわからないフリ作戦が…(笑)
駅員が連れて行ってくれたのは待合室。暖房はついていなかったけど、ベンチがあるから横にもなれるし、風が防げるだけ改札口より幾分マシ。親切な駅員にお礼を言って再び横になる…ものの、ベンチはひんやりしてて歯はガチガチ鳴り体もブルブル震えるし、なかなか眠れん。するとそんな私を見ていたR、着ていたロンTを貸してくれた。…おぉーっ!あんね、念の為言うけど「これじゃあRが寒いよ」って、私はちゃんと(笑)遠慮したんよ?…と言いつつ、しっかりお借りしたけど。
が、やっぱり「Rが寒いはずだ」と、私はバックパックの中身で何か防寒出来る物がなかったか考え始めた
。…あっっっ!タオル〜♪タオルがあったじゃ〜ん♪ ひとまず「無いよりはマシだよね」とヤツをその気にさせて、体にバスタオル、首にはマフラー代わりにハンドタオルを巻いてあげる。 …。私としてはね、少しでも暖かくしてあげたいっちゅー優しさだったんよ!?けど…なんかおかしい。 タオルも“○○レンジャー”のような原色のものだし、巻き方にも問題があったかも…。「マントマン、マントマン!」なんてゲラゲラ笑う私と裏腹に、それでもRの顔は寒さで凍る一方だった。その後、私は朝まで熟睡。自分の真の図太さを確認した出来事だった。Rは…と言うと、やはり寒くて眠れなかったらしい。ヤツは実はデリケートだということも知る。
結局、翌朝の列車で無事ホストファミリーの待つチェルトナムへ辿り着けたものの、次回から旅の装備に寝袋が加わったのは言うまでもない。そしてマントマンの登場と共に、その夏の私たちの旅は終わりを告げたのだった。
2006'03.06.Mon

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スペインからイギリスに帰る方法も、特には決めてなかったんよ。と言うのも、もちろん面倒臭かったってのがいちばんの理由だけど(笑)ヨーロッパ内ならいくらでも手段はあるはずだと決めてかかってたし、その日任せの旅過ぎて決めようがなかったってのもホント。とりあえずバルセロナの駅で飛行機のチケットの値段を調べてみたものの、とてもじゃないけど私たちに払える値段じゃなかった。で、結局はまたしてもフェリーのお世話になることにしたんよ。イギリスへのフェリーはビルバオから出てるっちゅーことで、さっそく夜行列車で一路ビルバオへ。 今回は6人部屋をふたりで専用出来てかなり快適な旅。
さてさて、ドーバーでの経験から駅に着けば情報はあるだろうと確信めいたものを持っていたけれど、ビルバオの駅にはフェリーポートらしき案内は何もなかったんよ。周囲の人に聞き込みを開始するも、駅員も案内所の人も誰一人英語が通じない。「フェリー」「シップ」なんて単語を並べても、皆一様に首をかしげるばかり。何人も何人も話しかけて、ようやくフェリーは近くのサンタンデ−ルという町から週2便出ているっちゅー情報をゲット。で、さっそくサンタンデ−ルへ行ってみたんよ。次に船が出るのは明日でも、乗り遅れない為にフェリーポートの近くに宿を取りたいと思ったし、もしかしたらチケットも買えるかもしれないと思ったから。けどねぇ、サンタンデ−ルは小さな町で、歩き周っても宿らしいものは見当たらなかったし、フェリー乗り場には入れずチケットすら買えなかった。(涙)
することがなくなった私たちは、近くのカフェで作戦を練り練りしつつ、ちょっとコーヒーブレイク。「しょうがないからビルバオに戻って宿を探そうね」なんてようやく真剣に考え出した私を尻目に、Rはスラムダンクの話でひとり大盛り上がり。「『安西先生…バスケが…バスケがしたいです…』あぁぁっっっ!みっちぃぃ!ここが泣けるんだよぉっ!!」 …。
ビルバオに戻った私たちは、観光案内所でもらった安宿リストを手にウロウロ。地図を頼りに何本も路地を入っていくと、ちらほら「ペンション」の看板が目立つようになってきた。けど、どれも狭い通りに面した建物の何階かにあってかなり怪しいんよ。それでも、最終日に野宿は嫌!なんて暗黙の了解が、うちらにインターホンを押させた。
ブーという音と共にドアのカギが開けられ、ドキドキしながら階段を上がっていく。 重いバックパックを背負ってヒィヒィ上がっていくと、表の看板で見たのと同じ名前が書いてあるドアをみつけた。相変わらずドキドキしつつも、ここまで来たらなるようになれ!と思い切ってドアをノックしてみる。ドタドタドタっと物音が聞こえて、さすがにちょっとビビるうちらだったけど、ドアが開いてそこに立っていたのは、意外にも何とも気のよさそうなおばさん。ニコニコ笑顔を浮かべて私たちを歓迎してくれている。
が、うちらの目は点。おばさん、びしょぬれじゃんけ。ちょうどシャワーを浴びて拭かずに出てきたように、髪の毛からも洋服からも水が滴り落ちてるんよ。外は晴れていて雨漏りのはずがないし…。水道管の故障?だとしたら、この宿には泊まりたくないなぁ。なんて私たちをよそに、おばさんは私たちを招き入れて部屋を見せてくれる。 何部屋か見せてもらって、シャワー室、トイレも案内してもらう。が、スペイン語でベラベラ一気に喋られちゃ、わかるはずないじゃんけ。とりあえず値段を聞こうとするにも、これまたわかり合えない。(泣)仕方なく紙に数字を書いてもらうと、ふたりで30ユーロ。おばさんがびしょぬれな理由が気になったけど、ペンションにはどこにもそれらしき跡が見えなかったし、部屋もきれいだったし、何よりもびしょぬれでもこんなに笑顔なおばさんを見たら、疑いの心はどこかへ行ってしまった。
翌朝、私は「乗り遅れるわけにはいかない…!」というプレッシャーのせいか、いつもより早く目が覚めた。隣ではそんな思いなんて露知らずのRがスヤスヤ寝ている。旅の終わりになって、ようやく計画通り起床。やれば出来る子だとは思ってたんよねぇ〜♪なんて自我自賛しつつ、気分良くRを起こしたのでした。
その後荷物をまとめ、お金を払おうと部屋を出る。…あれ??どこで払うんだっけ??そういえば昨日、金額は聞いたものの、どこで払うかは言われていないんよねぇ。レセプションらしきものもおばちゃんも見当たらない。うろうろペンション内を一周しても、おばちゃんはどこにもいない。 早くおばちゃんを探さないとフェリーが行ってしまう…!!なんて、だんだんめんどくさくなってきて「逃げちゃう??」とも一瞬考えたけど、結局ベッドの上に30ユーロを置いて宿を去ったのだった。
2006'02.28.Tue

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レンヌからバルセロナへは夜行列車で移動。ホントはもう少しフランスに居座るつもりだったんだけど、スペインが呼んでいる!!…と、レンヌの駅でたまたまみつけたバルセロナ行きの列車に即決で乗車。私にとっても列車での国境越えは初。実は寝台列車も。待っとれよー、スペイン!!列車の客室内は2段ベッドがふたつの4人部屋。ちなみに男女別々なんよ。だから自動的に私と相方も離れ離れ。が、せっかくの長旅もひとりじゃつまらん。私も寝るギリギリまで相方の部屋に居座る。すると、なんともイカツイ男性が入って来たんよ。彼はどうやら相方と同部屋っぽいんだけど
、ホント強面でね、体もでっかくて何よりゴツイ!3人組なんだけど、後ろの2人はまさに子分のよう。いやはや…なにやら危険な香りが…。私は男性の威厳モリモリのオーラに、無事夜を越えられるのか、相方…!?なんて心配してたんだけど、男性に声をかけられて一気に拍子抜け。口から出てきたのは、なんとも流暢な日本語なんよ。
「どこから来たのー?」やら「(カップルが一緒の客室に泊まれないなんて)おかしいネ〜」やら、上手だけどビミョーなタメ語に、警戒心もすっかり消えてなくなっちった。外見とは裏腹に実はすごく親しみやすい人。そうそう、彼はパキスタンの人なんよ。そして10年間日本にいたんだとか。日本語学校を経て大学へ行き、卒業後は警察で通訳の仕事をしていたらしく
、日本のこともすごくよく知っている。会話の端々で何度も「日本に帰りたいね〜」を連発しつつ、「日本は第二のふるさとだよー」なんて、嬉しそうに思い出を語る彼。私ね、これまで海外に出たときは「ノーと言えない日本人」やら「社交辞令が上手い日本人」、「金持ち日本人」に「詐欺やスリの格好の標的、日本人」…なんて、悲しくなるぐらい日本人のマイナス面ばかり感じてきたんよ。だからこれにはすごく嬉しかったなぁ。久々に日本も捨てたもんじゃないかも…なんて思う瞬間だった。
「日本のどこが好き?」
「日本人ほんと真っ直ぐだよー」
日本人が真っ直ぐ…かぁ。その後一緒に車内のバーへ行き、そこでもお喋り。でね、私も相方もビールをご馳走になっちゃったんよ。「日本人への恩返し」なんだって。涙出そうなくらい嬉しい「恩返し」にギュッとなりつつ、ビール瓶を傾ける。…美味い。「この先さ、旅先でパキスタンの人に会ったら、今度はうちらがビール奢っちゃうんだろうね」なんて私に、相方もニコニコ頷く。

その後は客室に戻って、あっちゅー間に眠りに落ちた私。翌朝客室から出て喫煙所へ行くと、そこには「寝れなかった」なんてお疲れ気味の相方が。意外にデリケートなのね、アンタ。
ほどなく列車はバルセロナに到着して、パキスタン人3人組ともお別れ。旅は道連れ 世は情け
素敵な時間をありがとう。チャンスがあったら…また地球のどこかで会いましょう。優しさは回る。異国の地でたまたま乗った列車で、たまたま出合った人にこんな大切なことを教わる。だから旅はやめられないんよね。
2006'02.28.Tue
私たちのふたり旅。 世界地図で見たら訪れた国はまだわずかだけど、これからどこまで色をつけていけるんでしょーか。
この記事はふたり旅が続く限り、随時更新予定。
ヨーロッパ以外へもいつの日か…☆ミ
※下に載せる町の名前は“訪れた町”だけにしてあります。
通過しただけだったり、短時間で抜けた町は含まれませんので、あしからず。
この記事はふたり旅が続く限り、随時更新予定。
ヨーロッパ以外へもいつの日か…☆ミ
※下に載せる町の名前は“訪れた町”だけにしてあります。
通過しただけだったり、短時間で抜けた町は含まれませんので、あしからず。
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